2018年4月23日月曜日

日々の受難と時計草






その見た目から時計草(トケイソウ)と呼ばれる 
 Passiflora Carrillo であるが、
英語ではこれをパッションフラワーと言う。

いかにも情熱めいた派手な容姿の花ではあるものの、

この“パッション”とは“情熱”のことではなく、
キリストの“受難”のほうの“パッション”なのだそうだ。

       *英語でキリストの受難を the passion と云う。

なんでも宣教師が、預言の「十字架上の花」に見立てたとか、
花の形を十字架や荊の冠と見なしたとか、

何はともあれ時計草は
キリスト教の伝導に何かと活用されてきたらしい。

ちなみに、私ごとで恐縮であるが、
長髪だった頃はよくキリストっぽいと言われたものだ。
僕の持つ悲壮感や貧相さが、ちょうど受難めいていたのだろう。

さて、この時計草、
葉はハーブとして利用され、主に身心の鎮静効果が認められている。

情熱(パッション)ゆえの、苦しみ(パッション)とは
友人のAさんの弁である、

僕のいつもの悶々が、情熱によるものかは分からぬながら
時計草の茶でも飲んで、日々の小さな受難を慰めたい。







夏からは、このハーブを使ったソーダ飲料を提供しようかなとも思っている。

皆さんの情熱と受難をいたわれたら…そうも思っている。





2018年4月21日土曜日

アマリリス




歌にあるが、なんのことかは分からない。

歌詞には「調べ」とある。「音色」とある。

楽器?

いや、鳴き声のことを喩えているのか。

アマリリスという謎の何かは、

もしかしたらキリギリスの仲間かもしれない。

子供のころ、そう思っていた。





2018年4月20日金曜日

麦わら越しに仰いだ空は



麦わら越しに仰いだ空と
編み目に差し込む光の放射



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パンをあまり食べない僕だけど、
近ごろサンドイッチが旨いのは、
ピクニックを誘う、
春の陽気のせいなのか。





リラックスを装うが、
腰がだいぶ引けている。
実は切り立った場所が苦手なのだ。






麦わら越しに仰いだ空は、
マントラ模様の宙だった。

今日も幸せで

よかったと思う。








2018年4月18日水曜日

注文の多い料理店



宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』は、
猟に入った山奥で道に迷った若い紳士らが
山猫軒という名の西洋料理店を見つけ、中に入るところから物語は始まります。

「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」

「ここで髪をきちんとして、それからはきものの泥を落してください。」

「鉄砲と弾丸をここへ置いてください。」

「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい。」

店内には様々な注意書きがありますが、
その度ごとに、紳士たちは喜んで注文に従います。

奥で待ち構える山猫の真意も知らず、
注文があればあるだけ、その料理店を格式高いものと思い込み、
期待を募らせていくのです。

またそうすることで、
自分たちの見栄と教養も誇示できると考えているのかもしれません。

彼らは物ごとの価値をお金でしか測れない心の貧しい人間です。
連れていた犬が倒れても「じつにぼくは、二千四百円の損害だ」ですもの。
ヒマダコーヒーにいらして頂く方たちに、そのようになって欲しくはありません。

ただ、喜んで店からの注文に従う彼らを少し羨ましくも思います。

山猫軒に限らず、当店も少し注文の多い喫茶店だからです。

・出来るだけお閑かに
・無闇な写真撮影や立ち歩きはご遠慮を

など、決して的外れの、無理な注文ではないはずですが、
中にはなかなか守れない方もいらっしゃるようです。

注文が多いからといって、何も取って食おうという訳ではありませんし、
山猫のように目を釣り上げたくもありません。

ただ、こちらからの注文を、
店への期待と、互いの信頼関係として前向きに受け取って頂けたらと思います。


結局、紳士らを食べようと待ち構えていた山猫たちは
飛び込んできた2匹の大きな犬によって退治され、
山猫軒は煙のように消えてしまいます。

まさかヒマダコーヒーがそのように消え失せてしまうことはありませんが、
(倒産の危機は常にあるものの…)
それでも、ワンワンですとか、キャンキャンと言った声に、
店主は目を丸くして倒れてしまいそうになるのです。


借りてきた猫のように、とは言いません。

それでも、店内では日向で目を細める猫のように、
ゴロニャンと、少し声を潜めてお過ごしください。

「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。」

山猫軒には、こうありますが、私としても全く同じ気持ちです。
そしてこうも思うのです。

「いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。
 さあさあ おなかにおはいりください。」

少し注文の多い当店ですが、
よろしかったら、さあさあお中にお入り下さい。



            店主  −  猫よりは犬派























2018年4月12日木曜日

2000年問題とアイアンマン






かつて“2000年問題”なるものが世を賑わした。

西暦が2000年を迎えると
あらゆるデジタル機器が誤作動をきたし、
社会に破局をもたらすというものだ。

結局、騒ぎ立てた割にはさしたる混乱もないままに
世間は新たなミレニアムを迎えた訳であるが、

話変わって、
写真はタイメックス社のアイアンマンという腕時計。

僕が10代の頃より
今でも現役で使っているものである。

ちなみに、今日は4月12日(Thu)なのに、
液晶では13日(Wed)と、少しずれた表示になっている。

実はこれ、
2000年問題の影響で、
カレンダー機能が狂ってしまったものなのだ。

あれから18年。

今でも日付はずれたまま。

時計は今日ものんきに時を刻み続けるのであった。


      ・・・・・


時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、
はかってみたところであまり意味はありません。
というのは、だれでも知っているとおり、
その時間にどんなことがあったかによって、
わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、
ほんの一瞬と思えることもあるからです。

ミヒャエル・エンデ  『モモ』より






2018年4月10日火曜日

出張コーヒー、LIFE+SHOPにて




四月十一日(水)は
葉山のLIFE+ARCHITECTさん併設の
ギャラリーショップ
LIFE+SHOPにて
出張コーヒー屋さんをしております。

当店のお菓子も少し並ぶ予定。

宜しければ遊びにいらして下さい。

前回大好評を博しました、
G.F.G.Sさんによる
オーダー製ボーダーニットの
受注会となります。

受注会の会期は
四月十一日より、十五日まで。
是非足を運んでみて下さい。

詳細はこちらより

それでは、引き続き良い一日を。


2018年4月2日月曜日

春と修羅



“四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりしゆききする
おれはひとりの修羅なのだ”
宮沢賢治 『春と修羅』より

賢治が苦しみ、持て余した、
己のなかの修羅という意識。
それはもしかしたら、
誰もが持ち合わせている ちょっとした怒りっぽさや、
もしくは意地の悪さだったのかもしれない。

“いかりの苦さ また青さ”

『春と修羅』より

清廉に生きようとすればするほどに、
さもしさは顕れて、 苦しさは増すばかり。
そういった懊悩は、賢治に限らず、
誰もが隠し持つ、共通の生きにくさとも言えるだろう。

“すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから”

『春と修羅 序』より

こころのうちに
修羅をうずかせながら
それでも季節は巡りくる。
”たのしい太陽系の春だ
みんな はしったり うたったり
はねあがったり するがいい

小岩井農場 』より
四月。

楽しい太陽系の春だ。


走ったり歌ったり、
跳ね上がったりするがいい。